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行政法

犯罪の制止

[問題]

A巡査部長は、スナックの料金の支払について店長と揉めている甲男を交番に任意同行したが、甲男は興奮し「ぶっ殺してやる」と言いながら同スナックへ戻ろうとしたため、甲男の手を引っ張り制止した。A巡査部長の行為の適否について述べなさい。

  1. 結論
  2. A巡査部長が甲男の手を引っ張り制止した行為は、警職法5条に基づく犯罪の制止行為として適法である。

  3. 犯罪の制止
  4. (1)意義

    犯罪がまさに行われようとするのを認めた場合で、その行為により人の生命若しくは身体に危険が及び、又は財産に重大な損害を受けるおそれがあって、急を要するときは、その行為を制止することができる。また、現に行われている犯罪の拡大を防ぎ、速やかに終息させて鎮圧することも含まれる。

    (2)要件

    ア 犯罪がまさに行われようとするのを認めたとき

    警職法5条における「犯罪」は、構成要件に該当し、違法性が認められれば足りる。また、「まさに行われようとする」とは、具体的な犯罪の発生が、社会通念上相当な程度に迫っていることをいい、具体的な犯罪実行の可能性が明らかであることをいう。

    イ その行為により人の生命・身体に危険が及び、又は財産に重大な損害を受けるおそれがあること

    「人」には、犯罪の被害者だけではなく、通行人その他の第三者も含まれる。場合によっては、犯罪行為者自身も含まれる場合がある。また、財産に対する犯罪については、「重大な損害」を受けるおそれのあるものに限られている。

    ウ 急を要する場合

    任意手段によるのでは、生命・身体又は財産に対する危害を防止できない場合をいう。

    (3)制止の対象

    制止の対象は、罪を犯そうとしている者の行為である。原則として、構成要件を充足する直前の段階にある行為が対象となる。

    (4)手段

    制止は、警告によっては犯罪の拡大等を防げない切迫した事態において認められる即時強制に当たる手段であることから、具体的状況の下で社会通念上相当と認められる必要な限度の実力を行使できる。

  5. 設問に対する検討
  6. 甲男は、興奮が収まらない状態のままスナックに戻ろうとしている状況から、これを直ちに制止しなければ、制止の時機を失し、暴行・脅迫により店長の身体に危険を及ぼすおそれ、店の物品を壊すなど財産に重大な損害を与えるおそれがあることが具体的に認められる。

    したがって、A巡査部長が甲男の手を引っ張り、一時的に行動を制止した行為は、適法な行為と認められる。