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刑法

不法領得の意思

[問題]

A会社に勤める甲は、A会社の機密資料である顧客名簿のコピーをライバル会社に渡す意図で社外に持ち出し、全頁をコピーした後、同名簿を元の場所に戻した。甲の刑責について述べなさい。

  1. 結論
  2. 甲は、窃盗罪(刑法235条)の刑責を負う。

  3. 窃盗罪
  4. (1)意義

    他人の占有する財物を窃取する罪をいう。窃取とは、他人の占有する財物を、占有者の意思に反して、自己の占有に移転させる行為をいう。

    (2)客体

    他人の占有する財物である。

    ア 占有とは、財物に対する事実上の支配をいう。他人の事実的支配領域にある財物は、直接握持又は監視されていなくても、その他人の占有に属する。

    イ 財物とは、有体物をいうと解するのが通説である。情報自体は有体物ではないため財物ではないが、情報が化体した媒体である文書やCD-R等は財物となる。

    ウ 財物が財産犯の客体である以上、財産的価値を有することが不可欠である。情報が化体した媒体の財物性は、情報と媒体の全体について判断される。

    (3)不法領得の意思

    故意のほかに、不法領得の意思が必要となる。不法領得の意思とは、権利者を排除して、他人の物を自己の所有物として、その経済的用法に従って利用・処分する意思をいう(大判大4.5.21)

  5. 使用窃盗と不法領得の意思
  6. (1)使用窃盗

    一時的に使用した後に返却する意思で、占有を侵害することをいう。使用窃盗は、権利者を排除して他人の物を自己の所有物として振る舞う意思を欠くため、不法領得の意思を欠き、不可罰であると解されている。

    (2)情報の窃取と不法領得の意思

    実質的に窃取の客体が情報である場合には、たとえ返還する意思があったとしても、権利者が許容しないであろう程度・態様で利用する意思が認められるときには、不法領得の意思があると解される。機密資料を社外に持ち出し、これを転職先に譲る目的でコピーし、約2時間後に戻した場合に、不法領得の意思を認めている(東京地判昭55.2.14)

  7. 設問に対する検討
  8. 甲が社外に持ち出した顧客名簿は有体物であり、かつ、財産的価値もあることから、財物に当たる。また、この顧客名簿はA会社が所持しており、甲にとって他人が占有する財物といえ、甲の持ち出し行為は窃取に当たる。

    さらに、A会社が顧客名簿を機密資料として所持していることから、勝手に持ち出した甲は、権利者排除意思も利用処分意思も有し、不法領得の意思が認められる。

    以上により、甲は窃盗罪の刑責を負うことになる。